2010年09月09日

トゥーランドットの聴きどころ

音楽評論家 加藤浩子さんが《トゥーランドット》の聴きどころを寄せてくださいました。

 《トゥーランドット》。プッチーニの遺作。未完の大作。個人的にはプッチーニの最大傑作であり、野心作だと思っている。
 もちろんプッチーニはいつも野心的だった。常に前作と違うものをと考え、試み、ほとんどの場合成功した。ワーグナーや(とくに中期以降の)  ヴェルディをはじめ、オペラ史上に輝く綺羅星のような作曲家のほとんどがそうであるように。
 けれど《トゥーランドット》の野心は飛びぬけている。悲劇を得意にしたプッチーニには珍しいハッピーエンド。美しく繊細なリアリズムを追求した彼には初めての寓話劇。貧しくはかなく愛に殉じるタイトルロールではなく、冷酷で傲慢で、男を敵視する氷のような姫君。すべてが、それまでのプッチーニのオペラからかけ離れた道具立てなのだ。実質的なヒロインはタイトルロールではなく、プッチーニ好みの身分の低い一途な女性、リューにとって代わられてしまったが。けれどだからこそ、プッチーニ・オペラに人々が求める涙を絞られるシーンも生まれた。さらにハッピーエンドのもたらす充実感もある。こんなに贅沢なプッチーニ・オペラは他にない。
 全曲が聴きどころづくめといっていい《トゥーランドット》だが、聴くひとの耳について離れないプッチーニ節が味わえるのは、やはりアリアだろう。主役たちにあてられたアリアは、それぞれのキャラクターにどんぴしゃり。カラフのアリアはロマンティストそのもの、あまりにも有名な「誰も寝てはならぬ」(第3幕)、リューをなぐさめる「泣くな、リュー」(第1幕フィナーレ)、どちらを聴いても胸が熱くなる。
 タイトルロール、トゥーランドットの最大の聴かせどころは、登場のアリア「この御殿のなかで」(第2幕)。第1幕では姿しか見せない彼女は、登場と同時に高音だらけのアリアを、しかも強い声で歌い切るという過酷な要求に応えなければならない。だがそれでこそ、「氷の姫君」の冷酷さがきわだつというものだろう。カラフが加わり、対決へ向けて高揚する後半は圧巻だ。
 ダイナミックな主役たちの間で、プッチーニ好みの可憐な花を咲かせる第2のヒロイン、リュー。彼女のアリアは、ファンが 期待するプッチーニ節そのもの。カラフの無謀な挑戦を思いとどまらせようとする「おききください、王子さま」(第1幕)の繊細さ、カラフへの愛のために命を投げ打つ覚悟を決めた辞世のアリア「氷のような姫君の心も」(第3幕)の哀切。プッチーニがどれほどリューを愛していたかは、この2曲を聴けばよくわかる。彼女が命を絶ってからの葬送の音楽は、プッチーニの絶筆となった部分であり、全曲中でいちばん涙を絞られる、プッチーニの本領がいかんなく発揮された白鳥の歌である。
 だが《トゥーランドット》のほんとうの凄みは、グランド・オペラを念頭に置いた迫力満点の合唱と、大規模で野心的なオーケストラにある。とくに第1幕はほとんど合唱と管弦楽が主役。豪華絢爛な音の絵巻の最後には、前述のリュ―のアリア「おききください、王子さま」に始まる大フィナーレが待っている。すべてが一体となってなだれこむ音の洪水には、誰でも肌に粟を立てずにはいられないだろう。

音楽評論家 加藤浩子
posted by Japan Arts at 18:14 | オペラNEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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