2011年01月18日

連載(2)「文学が音楽にもたらすもの」[マリインスキー・オペラ]

 これらの歌劇の舞台はすべて昔のことだが、国民主義のロマン派音楽が高揚するのは、諸国が戦争に向かう時代の空気と同調している。神話伝承や民謡に民族や国民のルーツを探るのは、そのアイデンティティが脅かされていることの反照にほかならない。そして、物語の愛は決まって死という極限状況により、いやおうなく高められるものである。
 装置としての劇空間は、壮大をきわめて神話的だ。ということはつまり、現世的な、つまり同時代な制限をもたずに、堂々と壮麗に音楽を描き、人間心理の劇を突き詰めることができる。そのようにして、大作曲家たちは、文学的な象徴性という意味で、空前のスケールの叙事的な舞台をもつことで、激動する時代の人間の叫びや本質的な命題を、深く強烈に探り出そうと試みた。
19世紀から20世紀への転換期に書かれたこれら壮大な歌劇は、もちろん旧時代の舞台設定で、往時を懐かしんでいたわけではない。そこには、時代の聴衆たちが、関心を逸らすのではなく強く向けるべき生々しい人間の劇があった。そして、それはオペラという極度に誇張された演劇装置であるがゆえに、その巨大な叙事詩のスクリーンに、いつも愛と死、そして人間の選択の問題について、近代を生きる個々人の心理を投影していた。それは、現代においても、本質的には変わらない人間の心理と真実を追究するものであるだろう。
 しかし、それはなにも近代の大作曲家のオペラにかぎったことではない。ギリシャ悲劇からしてすでに、その題材はギリシャ神話の世界によっていたのだから。
 三大悲劇詩人のひとりとされるアイスキュロスが紀元前428年に上演したとされる三部作『オレステイア』は、ギリシャ神話上の大戦争、トロイア戦争の英雄であるギリシャ軍総大将アガメムノーンの帰還から始まる。ギリシャ演劇は神話世界をテーマに展開したし、紀元前8世紀末の吟遊詩人ホメーロスによって成立したと想定される『イリーアス』と『オデュッセイア』はそれ以降も大きく西欧文学の想像力の源泉となった。
 紀元前1世紀、古代ローマ最大の詩人ウェルギリウスの遺稿とされる『アエネイス』は、『イリーアス』と『オデュッセイア』に範をとった壮大な叙事詩で、ラテン文学の最高傑作とみなされる。ダンテが『神曲』で、自らの詩のルーツと称えるのが、かの師ウェルギリウスその人である。ベルリオーズが『トロイアの人々』を作曲するのは、1856年から58年のことだ。「トロイアの占領」、「カルタゴのトロイ人」の二部の台本は、ウェルギリウスの叙事詩『アエナイス』にもとづき、作曲家自身がフランス語で書いている。全曲初演はしかし、まずドイツ語で、それから英語の版がフランス語に先立った。いずれにしても、その神話世界は、ギリシャ、ローマの古典語から、西ヨーロッパの言語で捉えなおされ、ベルリオーズ渾身の音楽がそれを堂々と19世紀末に響かせることになった。

文:青澤隆明(あおさわ・たかあきら)
1970年、東京生まれ、鎌倉に育つ。音楽・文学をめぐる執筆、企画構成のほか、コンサートなどのプロデュースも多く手がける。「北海道新聞」「レコード芸術」「音楽の友」「音楽現代」「ミセス」ほかに寄稿。

連載(3)「文学が音楽にもたらすもの」[マリインスキー・オペラ]
posted by Japan Arts at 10:42 | マリインスキー・オペラ2011>NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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