2011年01月20日

連載(3)「文学が音楽にもたらすもの」[マリインスキー・オペラ]

連載(1)「文学が音楽にもたらすもの」
連載(2)「文学が音楽にもたらすもの」

 さて、ベルリオーズはシェイクスピアを敬愛していたが、その戯曲は史劇にかぎらず、歴史的な意匠をもつ人物に、彼の同時代人の相貌を鮮やかに映し出すものだった。もちろん、普遍的な文学であれば、それは当然とも言えるが、演劇は社会装置のひとつでもあり、当代の風刺や批評の磁場であるがゆえに、自ずと当時の社会情勢や生活環境、流行した言説や風俗が、時事的にアップデイトされたかたちで随所に採り込まれる。そうして、観客の関心を、自らの時代に向けさせることで、非日常の劇空間は日常の祝祭たり得るわけだ。聴衆は歴史の鏡に安心して自らを投影し、その適度の距離が物語的想像力を育むことになる。
 トロイの木馬から少し離れて、シェイクスピア晩年の劇作とされる『テンペスト』を例にとってみよう。後世の音楽家の想像力を大きく掻き立てたあの傑作である。「海上の船」、「孤島」がその舞台であり、その島は妖精や魔女の子も含めて、魔術師プロスペローの術が支配している。難波してその島に着くのは、ナポリ王とミラノ公の一行である。権力闘争や人間の暴力は、いつの世も変わらない。この作品が晩年の作とされるのは、題材的にみれば、1609年のバミューダ島での遭難の記録が翌秋にいくつか出版されたことが、難破の題材へと劇作家の想像力を掻き立てた、という見解によるところが大きい。この作品は嵐の描写を含めて、当時の人々の関心が高かったこの遭難と新世界への期待、さらに魔術に寄せる当世の関心の高さを、シェイクスピア一座は巧みに採りこんでいる。
 さらに、老顧問官ゴンザーローが披露する理想郷のイデアは、1603年に英訳が出たモンテーニュの随想「食人種について」の影響によるものとみなされるが、これは作中で他の登場人物から皮肉られている。しかし、自然と文明、新世界や魔術に対する当時の関心が、この島をめぐる物語の社会的背景となっていることは確かだ。
そうして、ナポリ王一行と魔術の島の物語は、エリザベス朝の人々を、空想の舞台だけでなく現実の関心としても捉えていたわけである。寓話の色彩をもちながらも演劇空間は、社会と共振する文化装置であり得た。演劇は広場から始まったと言われるように、そもそも人々の集まる場所に現前したアクティヴな表現であった。オペラがいかに神話的な世界にキャンパスを広げようと、歌い手はまぎれもない人間であり、合唱は多く群集の象徴である。そして、それは聴衆の喜びと関心にひらかれている。
 総合芸術としてのオペラの前衛性は、その古典的な題材と意匠のうちに、当時そして現代においても普遍的な命題を、今日的に象徴しているところにある。だとしたら、ここに披露される大それた物語の懐は、その巨大さゆえに、いまもって私たちを渾然と包みこむに足るものだろう。

文:青澤隆明(あおさわ・たかあきら)
1970年、東京生まれ、鎌倉に育つ。音楽・文学をめぐる執筆、企画構成のほか、コンサートなどのプロデュースも多く手がける。「北海道新聞」「レコード芸術」「音楽の友」「音楽現代」「ミセス」ほかに寄稿。
posted by Japan Arts at 11:35 | マリインスキー・オペラ2011>NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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