2011年01月24日

連載(4)「文学が音楽にもたらすもの」[マリインスキー・オペラ]

連載(1)「文学が音楽にもたらすもの」
連載(2)「文学が音楽にもたらすもの」
連載(3)「文学が音楽にもたらすもの」



 音楽と文学の関係をヨーロッパにおいて辿るとすれば、それは必然的に教会、そして聖書へと行き着く。キリスト教は歌う宗教であった、といわれるように、識字率もかなり低かった当時の世界で、信仰は音楽のかたちで教会に、そして市井に響いていった。バロックの器楽が、声楽伴奏から独立したかたちで、楽器の声を自律的に響かせるようになったときも、それは言葉の痕跡をとどめるものだった。器楽はまず、歌われる言葉とともにあり、そこから歌詞のない声を歌いあげるようになった。つまりは、レトリックこそが音楽であった。
 マルティン・ルターが聖書のドイツ語訳を手がけ、それは近代ドイツ語の創始に繋がったが、16世紀の宗教改革を推進したかの偉才は、音楽をこよなく愛し、自ら作詞作曲を手がけて讃美歌を普及させた。プロテスタントの礼拝では、聖書が朗読され、説教で注釈が施され、人々は歌をうたってそれに応えた。ラテン語ではなく、ドイツ語で書かれたルターの教会歌は、ドイツ・コラールの源流となった。そして、教会カンタータは、レチタティーヴォふうに行われていたに聖書朗読、そして教会歌の多様な編曲をそのルーツとしている。そこへ18世紀に入る頃に登場するのが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハである。
 バッハは1685年にアイゼナッハで生まれ、聖ゲオルク教会で洗礼を受け、同教会附属ラテン語学校で学んだ。それはルターが在籍した学校でもあった。バッハは当然のように、ルターの著作を読んでいた。膨大な教会カンタータを挙げるまでもなく、バッハの音楽はルターにもとづく文学にその発想のひとつの根源をおいていたといっていい。
 さて、ここからバロックから古典派のオペラ、ロマン派の歌曲、さらに現代へと大きく流れを下っても、ヨーロッパの伝統からみれば、文学はつねに音楽に先立ってきた。民謡や労働歌にしても、かけ声などがそのまま節をつけて歌われるようになったものがほとんどだろう。それは、ヨーロッパにかぎらず、アジアの声明なども同じで、ちょうど聖書の朗読がレチタティーヴォを発展させたように、経文の朗誦が音楽となっていった。
 私たちの同時代をみても、芸術歌曲の創作の多くは、詩を手がかりに、その言葉を音楽化するように成立しているように思える。しかし、ポピュラー音楽のソング・ライティングについては、「音楽が先か、詞が先か」というのはよく問われることでもある。現在の日本のヒット・ソングに関していえば、メロディーがあり、リズムが決まり、アレンジが整ったところで、そこに言葉を付していくスタイルの創作が、実のところ圧倒的に多いようだ。流行のサウンド・デザインに、言葉を乗せて歌うというようなことが、作詞作曲を同じ作家が手がける場合であれ、分業で作詞作曲が行われる場合であれ、頻繁に起こっている。音楽にふさわしい言葉が選択されるのは、映像に音楽が付されるのと似たような成り立ちといえるだろう。結果としてどちらが前面に立つか、有機的に共存するかはさておき、言葉は音楽の意匠にあわせて編集される。そのほうが効率的な面もあるのだろう。
 しかし、すぐれた欧米のソングライターは、言葉から発想する作家が圧倒的に多いのではないか。ディヴィッド・フォスターが松本隆に語ったところでは、欧米では歌詞がつねに先に書かれ、音楽に合わせて歌詞をつけることはまずないという。
 現代日本のポップ・ソングは、もともと日本語から由来して旋律化したり、固有のリズムを導き出したりしたものではないがゆえに、音楽の服に言葉が身体を合わせるようにして、おしゃれを可能にしてきたのかも知れない。それは、滝廉太郎の歌曲の抑揚からみてもそうだ。その後に日本語固有の響きを探った、すぐれた作曲家や作詞家たちの果敢な創作は、やがて商業音楽のフィールドとは乖離してしまった。言葉に内在する、あるいは同期する音楽を歌うことから発したソングは、そうして言葉の力を弱めていく。先行するのが言葉の劇性や意志ではなく、情緒であることは潜在的な奥深さにも繋がるはずである。そうして詞と曲が全体として文学たり得るものであればよいのだが、多くの場合はしかし、言葉の意匠が音の衣装に追随することになった。
 さて、この2月に、ゲルギエフとマイリンスキー・オペラが体現する大規模な芸術は、ちょうど18世紀と21世紀の中間に位置する時期の意欲作ばかりである。音楽が文学を激しく求めていた時代の莫大な財宝といってもいい。ドイツ、フランス、イタリア、ロシア――それぞれの自国の言葉で謳歌された神話世界では、文学の言葉が音楽の言葉でさらに劇性を高めている。マリインスキー劇場が230年もの歴史を誇るといえば、バッハが亡くなって30年後から現在までの歳月を生きているということである。壮大な愛の物語をめぐる、その圧倒的な力と情熱をまえに、現代の私たちはなにを受けとることになるのだろう。


文:青澤隆明(あおさわ・たかあきら)
1970年、東京生まれ、鎌倉に育つ。音楽・文学をめぐる執筆、企画構成のほか、コンサートなどのプロデュースも多く手がける。「北海道新聞」「レコード芸術」「音楽の友」「音楽現代」「ミセス」ほかに寄稿。


≪マリインスキー・オペラ2011来日公演情報≫
2011年2月12日(土) 16:00 東京文化会館 「影のない女」
2011年2月13日(日) 14:00 東京文化会館 「影のない女」
2011年2月14日(月) 18:30 サントリーホール 「トロイアの人々」日本初演!
2011年2月15日(火) 19:00 サントリーホール 「ワーグナーの夕べ」
2011年2月16日(水) 19:00 横浜みなとみらいホール 「ロシア音楽の夕べ」
2011年2月18日(金) 18:30 NHKホール 「トゥーランドット」
2011年2月19日(土) 14:00 NHKホール 「トゥーランドット」
2011年2月20日(日) 14:00 NHKホール 「トゥーランドット」
詳しい公式ホームページへ
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