2009年07月17日

トリノ王立歌劇場&サンタフェ・オペラ 共同制作の《椿姫》プレミア大成功![トリノ王立歌劇場]

 2010年トリノ王立歌劇場日本公演の演目の1つである、《椿姫》の新プロダクションが、共同制作先のサンタフェ・オペラの方でプレミエを迎えた。
 サンタフェ・オペラは、1957年にジョン・クロスビーによって創設されたアメリカで最も美しいと言われるオペラ・ハウス。今回《椿姫》をトリノ王立歌劇場と共同制作した。 演出・衣裳はローラン・ペリ、舞台装置デザインはシャンタル・トーマスというフランス・チームが作り上げた、原作に忠実でありながらも現代の私達が納得できる素晴らしいプロダクションは、正に“ナタリー・デセイのための「椿姫」”プレミエは終演と共に客席総立ちの大成功となった。
 キャストは、日本公演で主役を務めるナタリー・デセイ、ジェルモン(父)役も日本公演と同じくローラン・ナウリ。 アルフレード役のテノールは、若くハンサムなサイミール・ピルグ。(日本公演では、METの2006年日本公演《ドン・ジョヴァンニ》で、アンナ・ネトレプコと堂々渡り合ったドン・オッターヴィオ役が記憶に新しいマシュー・ポレンザーニが演じる。)

ヴェルディ作曲 オペラ《椿姫》
指揮:フレデリック・シャスラン 
演出・衣裳デザイン: ローラン・ペリ
舞台装置デザイン:  シャンタル・トーマス 
照明デザイン: ドゥウェイン・シューラー
ヴィオレッタ:ナタリー・デセイ
アルフレード:サイミール・ピルグ ※日本公演はマシュー・ポレンザーニ
ジョルジョ・ジェルモン(アルフレードの父):ローラン・ナウリ

舞台:
 舞台装置は、グレー系の淡い色で統一された、シンプルなボックスの連なり。ところどころに階段があって、舞台前方から後方にかけて、自然に高くなっている。
 弦の弱音で前奏曲が始まると、舞台下手から棺をかついだ葬送の行列登場。アルフレードが舞台に立ち尽くしている。ヴィオレッタの葬儀ということが分かる。そこから音楽が一転、明るくなった途端に、「キャーッ」とハイ・テンションな叫び声をあげながら、ヴィオレッタ(ナタリー・デセイ)登場。一瞬にして会場の空気をさらってしまう。一見シンプル・モダンな舞台装置と葬送行列のオープニングにシンとなっていた客席が、あっという間にナタリーの世界に引き込まれた。
  ★ナタリー・デセイ本人の説明によると、オペラの原作となっている小アレクサンドル・デュマの小説「椿姫」の冒頭も、ヴィオレッタの死から始まり、フラッシュバック的に物語が始まるので、ペリの演出は原作に忠実と言える、とのこと。また、1幕の最後に、ヴィオレッタの衣服を合唱の女性達が取り囲んで(ヴィオレッタを見えないように覆い隠した状態で)どんどん取り去って、衣服が女性達の手から手へ渡されて運ばれていくシーンがあるのだが(デセイはそこでうまく2幕の衣裳に着替えをしている)、それも、ヴィオレッタが死んだ後、皆が彼女の持ち物を何か手にいれようとした(悪趣味な興味で)、という小説にある描写を彷彿とさせる演出だとのこと。

 衣裳は美しい形のドレスだが、色が鮮やかなピンク! 一見、クラシックなロングドレスに見えるが、スカートの前をつまむと2つに分かれて脚が露わになり、膝下のブーツ(同じピンク)が可愛く、同時に大人の色気のあるファッショナブルなもの。
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時に箱状の舞台装置(隙間や段差がある)の間を飛び回りながら、時に合唱の群集に頭上に持ち上げられながら、シャンパーニュの瓶を片手に華やかに振舞うデセイは、フィジカルにも大分鍛え上げているなー、という印象。また、ペリの手法は、演出・歌唱共に音楽に忠実な一方で、プロダクション・チームがフランス組ということもあってか、とてもお洒落で、現代人である私たちを退屈させない。
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合唱の男性陣は非常にノーマルなタキシード姿で、女性達はクラシックで、少しくすんだトーンの薄い色のヴァリエーションがとても美しいドレス姿。
舞台装置がシンプルでも、人々が出ていると、極めてオーソドックスな印象。
ヴィオレッタの有名アリア、「ああ、そはかの人か〜花から花へ」は、デセイにしかできない、超絶技巧を駆使しながら女優さながらの演技・・という離れ業を見せつけ、終わった途端に大喝采が鳴り止まない状態だった。

 第2幕の郊外の家のシーンでは、一転して、白いシャツとゆったりしたパンツ姿の、まるで現代のハリウッド映画のに出てくる大人のカップルのようなヴィオレッタとアルフレードによる愛ある生活の様子と、ジェルモン(父)の登場によってそれを打ち壊される様子に胸がしめつけられる。
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そしてフローラの家のパーティーのシーンはとても美しく処理され、これは本当に見てのお楽しみという感じである。
終幕も、ペリならではのハっと胸をつかれる演出が冴えており、日本公演が本当に楽しみな演目となった。

〜サンタフェ・ミニ情報〜
 サンタフェは、1607年に創設された長い歴史を持つ古都で、アメリカ合衆国に現存する都市としてはフロリダ州セントオーガスティン(1565年創設)に次いで古い。アメリカの宝石と呼ばれ、歴史的な街並みや建築物を残し、独特の食文化を持つ観光都市として栄えている。また、同市は芸術家が多く住み、美術品にあふれ、音楽祭や工芸祭が開かれる、芸術の町としても知られている。(Wikipediaより)
ということだが、オペラ・ハウスは町の郊外にあり、素晴らしい自然の景観に恵まれている。
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客席の側面の壁がないため、たそがれが深まってある程度暗くなる21時から開演。
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オペラに向かう車の中からは、素晴らしい夕焼けが楽しめる。そして、たそがれの中、観客が席について開幕、というとてもリラックスした中にもドラマティックな効果抜群の美しい劇場であった。
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また、ほんのわずか郊外にドライブするだけで、歴史的な道路「ルート66」が走り、まさに西部劇のような景色が連なる。
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≪ナタリー・デセイとトリノの総裁、芸術部長≫
ナタリー・デセイはこの町を愛し、いつも夏は家族で滞在しながらオペラに出演していると語った。
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≪芸術的な奇岩が沢山!≫
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≪椿姫のプロダクションチーム≫
posted by Japan Arts at 17:26 | トリノ王立歌劇場2010>NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

トリノ王立歌劇場、2010年初来日記者懇親会

指揮者のジャナンドレア・ノセダは、2007年よりトリノ王立歌劇場の音楽監督の任にありますが、そのトリノ王立歌劇場は、2010年7月〜8月にバルバラ・フリットリ主演の「ラ・ボエーム」、ナタリー・デセイ主演の「椿姫」といった豪華な布陣で初来日を果たすことになりました。また当日はウィーン国立歌劇場日本公演で来日中のバルバラ・フリットリがなんと飛び入り参加という嬉しいハプニングも! 旧知の仲であるノセダとフリットリの掛け合いに、始終笑いの絶えない、和やかな懇親会となりました。

DSC_0935.jpgノセダ:本日は2010年トリノ王立歌劇場の記者会見にお集まり頂き、心より御礼申し上げます。
イタリアでは、スカラ座が一番の劇場と思われがちですが、実はこのトリノ王立歌劇場の方が、スカラ座よりも先に設立されています。歴史に名を残す大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニがその若き日に、1895〜1902年まで音楽監督としての仕事をし、その地位を確立したのがこの劇場です。そしてここであえて私の口から皆さんにお伝えしたいのは、このトリノ王立歌劇場はジャコモ・プッチーニの「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」という2つのオペラを初演した劇場でもあるということです。そしてその「ラ・ボエーム」の初演は、アルトゥーロ・トスカニーニが指揮をしました。
このような伝統と素晴らしい内実がある劇場ということを鑑みて、私は音楽監督の職務へのオファーをOKしたのです。そしてもうひとつ劇場が大変注意と努力を注いでいるのは、キャストの選定です。伝統ある劇場にふさわしく、その時代の最高の歌手を舞台に上げるという方針で職務にあたっております。いまここにいる、バルバラ・フリットリのほか、ここ数年劇場の舞台に立った歌手としてマルセロ・アルバレス、ホセ・クーラ、ファン=ディエゴ・フローレス、ルッジェーロ・ライモンディ、アンジェラ・ゲオルギュー、ロベルト・アラーニャなどなど・・・。
さらに、このようなよい声を揃える努力をすると同時に、新鮮な演出家を多数起用するということにも歴史的な意義を感じています。ロバート・カーセンや、大御所ですとルカ・ロンコーニなどのほか、今シーズンは、まだイタリアで仕事をしたことのなかったデビッド・マックウィッカーを呼ぶことに成功し、彼の新演出によるケルビーニ作曲「メデア」でオープンしました。
彼はスコットランドのイギリス人で、コヴェントガーデンの「フィガロの結婚」も手がけまして、その公演にはバルバラ・フリットリも出演することになっています。
そして来シーズンは、ローラン・ペリー新演出「椿姫」を予定しております。彼は、2007年の批評家賞特別賞をメトロポリタン歌劇場とコヴェントガーデンで上演された「連隊の娘」で受賞した演出家で、この彼による新演出「椿姫」をトリノで上演したあと日本に持ってこようと思っているのです。
日本公演は「椿姫」と「ラ・ボエーム」の2作品を日本で予定してます。
「ラ・ボエーム」のミミ役として、ここにいるバルバラ・フリットリさんにお願いしています。彼女のミミは、実は聞く機会が非常に少ないのです。何年か前にフィレンツェで歌ったそうですが、本人も「歌いたくない」と言っていたのです。しかし、私が(!)今回「日本で歌ってみたらどうか?」と説得をしまして、今回実現することになったのです。日本の皆さんは、「バルバラ・フリットリのミミ」を聞けるという数少ない機会に恵まれることになります。さらに「ラ・ボエーム」では、フィリアノーティ、カピタヌッチ、デ・カローリスもご一緒できることになりました。
もうひとつの「椿姫」のほうでは、ナタリー・デセイさんに話を持っていったのですが、彼女も「ヴィオレッタの役は私の声には重いんじゃないか」と二つ返事でOKにこぎつけたわけではありません。彼女も長い間ヴィオレッタを歌っていなかったのですが、ここでも私が!説得しまして出ていただくことになりました。

フリットリ:ノセダさんとの友情の歴史は、20年前に遡ります。そもそも同じ音楽院で、私と彼の今の奥さんになったルチアさんが親友同士だったのです。その私達の深い友情の中に、後から彼が入ってきたんですよ!(笑)
私達は、お互いに其々キャリアを積み、キャリアのある地点で出会ったというわけではなく、それこそ学生時代、私とルチアさんがまだ合唱団で一緒に歌っていたときからの仲良しで、私がリサイタルを開きたいと思ったとき、その当時ピアノを勉強していたノセダさんがピアニストをしてくれたこともありました。いわば無名のころからの友情。ノセダさんはアーティストとしての素晴らしい素質を持っている方なので、お互いにいい形で影響を与え合い、アーティストとして伸びていく上でも、私達は大変大きな力をいただけたと思っています。彼がトリノ王立歌劇場で責任のあるポストに立ったいま、さらにその絆は強まりまして、とても質の高い日本の観客の前で一緒に仕事が出来る、その喜びを分かち合うことができることは、大変光栄です。

以下、質疑応答―――

Q:フリットリさん、ミミをあまり歌わなかったのはなぜ?
DSC_0924.jpgフリットリ:
ずばり言うならば、プッチーニのオペラ、特にミミを歌うということに対して、歌い過ぎると声を壊すという危険を感じたからです。プッチーニのオペラは、非常に難しくて複雑です。最近ですと「トゥーランドット」を何回か歌ったのと、「修道女アンジェリカ」、「外套」を歌ったくらい。もちろんしょっちゅうではないです。(ノセダ:このときの「外套」は素晴らしかった!)「ラ・ボエーム」においても、ただでさえ難しいオペラなのに、大きな演出で大げさな歌い方を要求される場合が非常に多く、これはちょっと・・・と思い始めました。いま12歳になった娘が産まれる前に歌った記憶がありますので、もう10年以上歌っていない役になります。非常に重い役なので敬遠していました。
しかし今回に関しては、ノセダさんからの一言と長い友情があっての決断ということになります。先ほどノセダさんは、少し冗談めかしておっしゃっておられましたが、これは本当のことです!
彼とは、音楽上演はこうあるべき、という考えをお互いに理解しあうことができます。今回も何回もの討論の末、マエストロ・ノセダとなら!というわけでお受けしたのです。ですから、今回の日本でのミミは、本当に唯一の、私がこの役を歌う機会だと理解していただいていいと思います。もちろん「修道女アンジェリカ」を最近歌いましたが、これは一幕物であっという間で終わってしまう演目です。しかし「ラ・ボエーム」の場合は、長いオペラですし、3つも4つものオーケストラの編成で大音量で音をかき鳴らす、そしてその後ろで声を張り上げなければいけない・・・私はこういうイメージを持っております。危険がいっぱいのオペラなのです。

Q:今回の公演で「椿姫」「ラ・ボエーム」を選んだ理由は?
ノセダ:
演目を選ぶうえで、優先されるべきものは、まず第一に「お客様が何を見たいか?」ということだと思っています。もちろん私としては、トリノ王立歌劇場の初来日に際し、“挑戦”がしてみたいという気持ちがありました。
そのモチベーションに合う演目を選ばなくてはならなかったわけです。もし日本で、道を行く人たちに「いま一番聞きたいオペラは?どの作品が好き?」などという質問を投げかければ、きっと「椿姫」「カルメン」「ラ・ボエーム」という作品が挙がってくると思いました。そしてそれは事実だと思います。
いわゆる大演目、基本中の基本の演目です。「ラ・ボエーム」に関しては、トリノ王立歌劇場が世界初演をした演目ですので、そのバックグラウンドは十分と判断をしました。そして「椿姫」というのも、オペラの傑作中の傑作でありますが、こういった2演目を選ぶということはけして平凡なことではないわけで、上演する側にしてみると、ぶったまげるような責任を背負わなければいけない!
けして凡庸なことをするわけにはいかないわけです。それには素晴らしい超一流のキャストを揃えなければ成功は得られません。そういった意味で、今回の演目は、一種の挑戦をしようという私の意思の表れなのです。第二に、トリノ王立歌劇場のオーケストラと合唱団のレベルの高さです。この劇場のオーケストラと合唱団のレベルは非常に高いものを持っています。私の出す難しい要求に立派に応えてくれる実力を持っています。そういった協力者がいるということが、今回のこういった作品選びの根拠にも持っています。いずれにしても“挑戦”ということには変わりありませんが、手応えを見込んだ“挑戦”と言えるかと思います。ぜひみなさんもうすぐ「タイス」が上演されますので、聞きにいらしてください。

DSC_1023.jpgQ:伝統ある劇場が、新しい観客を開拓する、新しく進化していくうえで、どうするべきだと思うか?
ノセダ:
新しいことをすることは、伝統ある劇場であるほど問題は難しい。
その点でトリノ王立歌劇場も非常に濃い劇場であり、それを私はいつも意識しています。どんなアーティストでも、観客がいなければ何にもならないわけで、どんな観客を見つけていくか、どのように観客をひきつけるか、それは重要な課題であるといえます。ただ、現状が行き詰った環境にあると前提したときに、全くそれを覆すような斬新さを求めるのは、道が違うのではないかと思うわけです。たとえば、映画に関して考えますと、長い歴史の中で、現代の人たちは、現代はどういう時代かということを意識して、映画を制作しているわけです。それは劇場に関しても同じ。つまり「創作的なアイディアがあるかないか」それに尽きると思います。新しい劇場でもアイディアがない、古く伝統のある劇場でもアイディアがある、という場合もある。そういった考えを持つことが大事だと思う。私は指揮台から、舞台で歌っているバルバラを、もはやいつも仲良く話をしているバルバラ・フリットリがいると思って舞台を見上げていることはないわけです。そこには役にのめり込んだ彼女がいる。私も指揮者としての立場に没頭する。そういったライブでの仕事。大げさに何かをするわけではなく、観客の中に新しい興味を引き出す、熱心に仕事をするだけです。

Q:2007年に劇場音楽監督に就任してから、劇場内で変えたことや新しく取り組んだことは?
ノセダ:就任後私がやってきたことは、具体的に口で説明しますと、大変小さくて部分的なことのように感じますが、実際私が非常にエネルギーを注いでやってきたことです。
まずはオーケストラの人員を入れ換えました。私が就任した時期が何人かの年長の奏者が引退する時期だったので、私はレベルが高くて若くやる気のある4人の新しい奏者を選ぶことができました。結果的に音を良くしていく上で、成功したと思います。もちろんこれからも欠員ができたらその都度補充していきますが、単に古い人から新しい人に入れ替えるというわけではなく、非常に厳しい目で選ぶつもりでおります。
合唱団に対しては、まずやる気を鼓舞すること。これを日々の仕事の中で意識しています。合唱団やオーケストラのメンバーは、いわゆる劇場に雇われている従業員なわけですが、彼らだって10年前15年前に音楽の勉強を始めた時は「自分だって舞台の真中で注目を浴びて拍手を浴びるソリストになるんだ!」と思って勉強をしていたわけです。それが日々のルーティーンの中で、ただその日のルーティーンをこなせばいいんだ、というメンタリティになってしまいがちです。もちろんその状態では良い音楽は生まれてきません。私が彼らに「10年前20年前はそんなだったかい?思い出してください。あなた方ひとりひとりをお客様は見ているんですよ」と叱咤激励して当時のことを彼らの気持ちの中に思い出させる努力をしています。

Q:ノセダさんは、指揮者としての自分をどういう指揮者だと思われますか?またフリットリさんから見て、ノセダさんはどういう指揮者だと思われますか?
フリットリ:
少し考えさせて(笑)・・・大変包容力のある方ですね。もちろん長い友情と音楽情報の交換がありますが、指揮者の中には「絶対これこれこうでなければいかん!」ですとか、ソリストでも「こうでないと歌わない!」という姿勢でお仕事に臨むタイプの方がいらっしゃいます。もちろんその方なりの考えがあってのことなんですけれども・・・。しかし幸いなことに、マエストロ・ノセダも私もこういったタイプの人間ではありません。もちろん「作曲家がどう演奏してほしかったのか」ということが最大の争点としてベースにある上で、そのためには「自分はこうしたほうがいいと思う」ですとか「いや、こうしたほうがいいんじゃないか」ですとか、そういったやり取りをする姿勢をけしてノセダさんは失わない方なのです。それが大変私にとっては有り難く、尊敬している点なのです。例えばマエストロ・ムーティはご自分の正確な深い読み込みの上で「絶対にここはこうでいこう」と、大変厳しく譲らない方でした。しかし同じように「作品の中で何が効果的であるか?」という点に目を向けていても、マエストロ・ノセダは「じゃあ、どうしようか?」と提案してくれるマエストロであると、私は信頼しております。ただもちろん、やり方として意見が折り合わない時もありますが、そういったときは議論を重ねて解決策を見つけてきたわけです。これからも、私は遠慮なく意見も言いますし、文句も言いますし、場合によっては殴ったり蹴ったりもすると思います(笑)。
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ノセダ:でも解決は見つけようね(笑)
本日は幸い、ここにバルバラ・フリットリと妻が同席しています。彼らは2人共とても優しいんですが、私の操作方法も同じなわけです。
私が長い指揮者としてのキャリアを歩む上での健康維持のため、ということで言ってくれているわけだと思いますが、指揮をするとき「あまり派手に動くな!無駄なエネルギーを使うな!」と(苦笑)、言われ続けておりまして。まぁこれは仕事の上でというより、私的な感じで「あまり動くと格好悪いから」言ってくれているようでもあるのですが。
確かにエネルギーを少し抑えようかなと思いまして、先日のNHKホールでの公演の時は、以前よりも(以前マリインスキーで振った時よりも)、動きがおとなしかったのではないかと思いますが、皆さんいかがでしたでしょうか?(笑)

フリットリ:マエストロは、アクションは大きいですが、性格は大変穏やかですよ。
以前「ドン・ジョバンニ」でご一緒させていただいた時ですが、お話のクライマックスのドン・ジョバンニが死んでしまう場面で、演奏も大演奏になるわけですけれども、その場面で指揮者も息絶え絶えで、心臓に手を当てて押えていらして、私本当に心臓発作を起こしているのではないかと思ってしまいました。それ以降、それまでも言ってはおりましたが、その舞台が決定的になって、「頼むからアクションを抑えてくれ」と言うようになりました。
言わせてもらいますが、指揮者を見ながら我々は歌うわけです。歌うだけでもこっちは大変なのに、他人の心配までさせないでいただきたい!災難でございます。

ノセダ:私は女性に対して胸がときめくと自動的に心臓に手がいき、高まる気持ちを抑えようとするんです。バルバラさんが舞台にいれば自然にそうなってしまいますよ。

フリットリ:冗談じゃない!フィナーレの一番大事な時に、「袖に引っ込んだら、すぐに救急車呼ばなきゃ!」なんて思いながら歌わせるなんて!

トリノ王立歌劇場2010年7月〜8月

プッチーニ 「ラ・ボエーム」
演出:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ
舞台美術&衣装:アルド・テルリッツィ
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
出演:ミ ミ:バルバラ・フリットリ (ソプラノ)
ロドルフォ:マルセロ・アルバレス(テノール) 他

ヴェルディ:「椿姫」 
(サンタフェ・オペラ・フェスティバル共同制作 2009年8月プレミエ予定)
トリノ王立歌劇場では2009年9月〜10月初演予定
演出:ローラン・ペリー Laurent Pelly 
指揮:ジャナンドレア・ノセダ
出演:ヴィオレッタ:ナタリー・デセイ (ソプラノ)
アルフレード:マシュー・ポレンザーニ (テノール)
ジェルモン:ローラン・ナウリ(バリトン)  他
<2009年9月現在>

写真:青柳 聡

posted by Japan Arts at 12:35 | トリノ王立歌劇場2010>NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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